The Things They Carried: A Work of Fiction
Tim O'BrienBroadway Books

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価格:¥ 1,683
発売日:1999-04/通常24時間以内に発送
レビュー(Amazon.co.jp)
?「彼らはいつ死ぬかもしれぬ男たちが背負うべき感情的な重荷を抱えて歩いていた。悲しみ、恐怖、愛、憧れ、それらは漠として実体のないものだった。しかしそういう触知しがたいものはそれ事態の質量と比重を有していた。それらは触知できる重荷を持っていた。彼らは恥に満ちた記憶を抱えて歩いていた。彼らは辛うじて制御された臆病さの秘密を共有していた。(中略)人々は殺し、そして殺された。そうしないことにはきまりが悪かったからだ」。(村上春樹訳、文春文庫)
???1999年、ピューリッツァー賞、米国書評家協会賞という2つの賞の最終審査に残った『The Things They Carried』(邦題『本当の戦争の話をしよう』)は、ティム・オブライエンが同じくベトナム戦争について書いた以前の作品── 回想録『If I Die in a Combat Zone』(邦題『僕が戦場で死んだら』)や小説『Going After Cacciato』(邦題『カチアートを追跡して』)―― とは微妙だが決定的な違いがある。これは回想録でも長編小説でも短編小説集でもなく、これら3つの形式を巧みに組み合せた、幻覚を誘発する効果さえありそうな不思議な作品である。
???ベトナムはいまだにオブライエンのテーマだが、この本を見るかぎり彼は戦争そのものよりも、戦争に対する数えきれない視点に興味をもっているように思われる。そしてその多角的な視点を通してこの作品を書いているのである。『Going After Cacciato』が「現実」を扱っているのに対し、『The Things They Carried』は「真実」を扱っている。
???この本に収められた短編のほとんどは、「ティム」が語り手になっている。だがオブライエンは、ここに記録したできごとの多くは実際には起きていないことを腹蔵なく認めている。彼は「The Man I Killed」の中の「ティム」とは違って人を殺してはいないし、「Ambush」の中の「ティム」とも違ってキャスリーンという娘などいない。
???しかし、あるできごとが実際には起きていないという、ただそれだけの理由で、実際に起きたできごとよりも真実味がないということにはならない。「On the Rainy River」に登場するティム・オブライエンは徴兵通知を受け取ると車で北へ向かい、カナダとの国境近くのさびれたロッジでエルロイという老人と共に6日間を過ごし、そのあいだ悶々と、兵役を逃れるべきか戦場に行くべきか悩み続ける。実際のティム・オブライエンは北へ向かいはしなかったし、カナダ側の岸から20ヤードの位置に浮かぶ釣り舟の上で心を決めたりはしなかった。黙ってスーフォールズ行きのバスに乗り、そのまま米国陸軍に入ったのである。
???だが、「On the Rainy River」における真実は、そこに描かれた事実にあるのではなく、そこに描かれたうそ偽りのない心理的な体験にある。どちらのティムも正しいとは思わない戦争に参加し、そうしたことで自分を卑怯者だと考えたのである。
?『The Things They Carried』の短編は、どれもティム・オブライエンがベトナムで学んだもう1つの真実を物語っている。それは真実と現実、あるいは事実と小説の間のあいまいな線であり、これこそが彼の作品を脳裏に焼きついて離れないものにしているのである。
カスタマーレビュー
おすすめ度:
ノンフィクション 
(2008-05-09)
読み出しで、
「本当の話だが本当の話ではない(フィクション)・・・」
??と思いながら読み進め、読み終えた時には
本当の話(ノンフィクション)なんだろうなと感じた。
戦争を経験したことのない自分だが、
戦争とは人間が体験する極限の心理状態であり、
その体験は「フィクション」or「ノンフィクション」なんて
関係ないのであろう。
読み終えて、どう感じるのかは個人個人だが、
戦争とは?を感じることが出来る良書だと思う。
戦争の中にいた、「僕」というありふれたひとり 
(2006-11-04)
理解を求めるのでも、告発するのでも、悲劇を訴えるのでもない…
ただ、「こういう気持ちで僕は戦場にいたんだ…」
普通の若者の記憶に残るベトナム戦争の風景
自分の内部の戦争 
(2006-04-29)
村上春樹のファンなので 本書を読む機会を得た。読み出すと止まらず 一気に読み終えた。
ベトナム戦争の話である。しかし 村上が解説で言っている通り 戦争とは一つの題材であり 要は ある状況に置かれた人の話だ。「その意味では 誰もが 自分の『戦争』を自分の内部に抱え込んでいる」というような 村上の一文を覚えている程だ。
その意味では反戦文学ですら無い。徹底的な「人間」の話である。
我々も自分が抱え込んでいる「戦争」を考えるべきかもしれない。
ベトナム戦争の前中後の真っ只中にいた兵士の心象が文学的に綴られる 
(2006-04-20)
戦争体験は異常なリアルと向き合うことである。一にも二にも生き残ることが目的ではあるが、かつての死線を守った戦争と違ってこれはアメリカにとって「逃げ道のある戦争」であった。本の中に、徴兵されることへの恐怖とプライドのはざまで極限まで悩む著者の姿が書かれている。また勝利なき撤退をした後の兵士たちの深刻な後遺症。戦場で極限のリアルを体験した後にアメリカの良き日常社会に復帰することがどれだけ難しいか。本書の著者は作家として表現活動することで戦争後のアイデンティティを築けたが、そうできなかった者のたどった悲劇も書かれている。徴兵されるか逃れるか、その後戦争に行ったときに、みなの前でどれだけタフな男を演じられるか、戦争後に自分の体験したリアルと恐怖を否定されたときにどうアイデンティティを作り直していくのか。この本に書かれていることはベトナム戦争に従軍したアメリカ兵の悲劇でもあるし、今でも他国の紛争に介入するアメリカの抱える永遠の課題でもあると思う。村上氏の翻訳が大変上手で読みやすいのでぜひおすすめしたい一冊。
ブッシュさんは読んだのだろうか? 
(2005-04-07)
原題は『兵士達の担った物:The Things They Carried』
それを訳者の村上春樹君がこうストレートに訳した。
タイトルどおり。
ブッシュは読んだのだろうか?