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自国の歴史を知るべきだ 
(2008-03-25)
まずアメリカについてだが、インディアンに助けてもらって新大陸での居住が開始された。
その後インディアンを駆逐し、虐殺し、またバッファローを食べるわけでもないのに
ハンティングして絶滅に近い状態にさせた。
南米諸国に軍隊を送り込み、植民地にした。日本に対し無差別空襲を敢行した。
広島長崎に原爆を落とし30〜60万人の非戦闘員を虐殺した。
朝鮮戦争に介入、北朝鮮市民をも虐殺した。ベトナム戦争ではソンミ村はもとより
枯葉剤という害毒を非戦闘員に対し撒き散らした。その後遺症に今も悩む人がいる。
原爆症もそうだ。
湾岸戦争において誤爆し、イラク戦争において自爆テロを恐れて無関係な非戦闘員を
殺し、捕虜を虐待している。
私はいつも不思議なのだが、この国が獲得してきた憲法や人権の考え方との乖離の
大きさだ。
世界で一番優れていると思われる日本国憲法はアメリカが作ったものであるし、
これに基づいて戦後幾多の裁判が行われ、人権を日本に確立していった。
母法のアメリカ憲法は日本のそれよりも内容が劣るが、そもそも建国からまもなくして
人権がいくつも書かれており、その後も修正という形で様々な人権が保証された。
判例国であるアメリカは、時代によりぶれながらも先進的な法解釈を行い、少数者
を救ってきており、日本の裁判所にも多大な影響を与えている。
この問いはいつまでも私の中で解けない。本書によっても解けなかった。
そのような二重人格的な態度を取るということに、かの国には合意が存在している
かのようだ。
翻って自国のことを見つめてみれば、自由と民主主義が根付いているように見えるが、
他方で前近代的な因習が各地に残っているし、同和問題も今もしぶとく残っている。
日本は、中国および亜細亜において、民間人に対する虐殺、殺戮、強奪をした。
ここで○○事件と呼ばれているか否かは関係はないし、軍の上層部の命令に基づいて
いるかいないか、あるいは人数は関係がない。
そういう過去を知ることは、同じ轍を踏まないために重要だろう。アメリカは、おそらく
自国の陰惨な歴史を教えていない。だから世界一の国などど思い込む。簡単に戦争を
支持する。
自分の国がどうなるかは、自国の歴史がどう教えられているのか、その他教育の現在
がどうなっているのかを知る必要がある。
右派が言うように自虐的な史観しか教えていなくて、しかもそれが間違っているという
主張が仮に正しいとすれば違う見方をも教えなくてはならない。予めイデオロギーから
子供に対して考えを押し付けることは右であれ左であれやってはならない。
教育は子供に考えるきっかけを与えるものであろう。こう考えろ、というのは教育では
ない。しっかりとした根拠に基づいて事実と証明できる事実を教えるべきだ。
そんなことを思わされた一冊だ。
他にも虐殺の歴史をかかえる国があるが、自国と関係がある国については知っておくべきだ
と思うが、何よりこの日本という国を知る必要がある。
虐殺死体の山で築かれたアメリカ史 
(2006-09-17)
著者はアメリカの殖民時代の原住民と殖民者との関係の専門家である.殖民者は,自らを神に選ばれた選民と信じ,この世に神の国を実現することを自明の天命だ,と思い込んだ連中だった.その結果自分たちの気に入らないものは,手段を選ばず消去した.こうして原住民は抹殺された.この凄まじいプロセスを現代に忠実に再現したのが 1975年に全面的敗北で終ったVietnam戦争だ,と著者は捉える.この戦争の残虐な経過を綿密に描いたあと,著者は もう一つのアメリカ史 として虐殺の歴史を殖民時代から 9/11攻撃のあとの Iraq 戦争 まで辿ってみせる.かねがね私はどうしてアメリカがいつも残酷で他の文化に完全な無理解を押し通すのか不思議だったが,この本でその訳が判った.メキシコ以南のラテンアメリカとの余りの違いの理由もわかった.必読.
現代のアメリカ社会とベトナム戦争 
(2006-09-09)
日本人の多くは、アメリカを民主主義の手本国、あるいは新しい文化をになう国としてあこがれたり、敬意をはらったりしてきた。もちろんベトナム戦争でもイラク戦争でも、残虐なこと、ひどいことをしてきたことをある程度は知りながら、それでもアメリカを“すばらしい国”としてイメージし続けてきた。(「わたし小さい時アメリカに住んでいたのよ」と誰かが言えば、「わああ、いいわね。すごいわね」という具合だ。)
この本は、そうした情緒的なアメリカ観でアメリカを見ることのおろかさを十分に気づかせてくれる。著者はベトナム戦争をインディアン虐殺との文脈の中でとらえ、ふたつの「大虐殺」がどれほど残酷に人々の平和な家庭生活を破壊したか、いや、破壊することをあえて「仕掛けたか」を克明な史実とともに語っている。
戦争被害の広がりが人類の想像を超えたところにまで及ぶことを含め、語られた史実には目をそむけたくなるのだが、それでも読者は読んでいて救いを感じとる。著者が資料調べの図書館や研究室を出て、アメリカのベトナム戦争戦没者記念碑を訪れたり、数多くの兵士を送り出した町を訪れたりしながら、アメリカが支払ったベトナム戦争への代償を市民がどうとらえているのかを伝えているからだ。また、オレゴン州のある大学で、著者はベトナム戦争をテーマにした授業に参加し、若者たちとベトナム・メモリアルに対するやりとりをし、今の若者の感じ方を淡々と記録している。「記念碑が戦争の賛美になってはいけないが、“敵・味方”すべての犠牲者の名前を記すことで、“敵”を人間として見ることにつながる」という一学生のコメントは読者として大きな救いを感じた。(靖国問題と関連づけながらこの本を読み、考えさせられることが多かった。)
アメリカ国民はベトナム戦争を「今、どうとらえているか」市民たちのあるがままの姿を知ることができて興味深かった。