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2005年07月19日
ウェストモーランド司令官死去 [ ニュース'2005 ]
【AP=CNN】サウスカロライナ州チャールストン――ベトナム戦争当時の米南ベトナム援助軍司令官だったウィリアム・ウェストモーランド元陸軍参謀総長が18日夜、当地の高齢者向け住宅で死去した。91歳だった。息子が明らかにした。
ウェストモーランド退役将軍の息子ジェームズ・リプリー・ウェストモーランド氏によると、ウェストモーランド氏は数年前から妻と暮らしていた高齢者向け住宅で、「自然の原因によって」死亡したという。
1964-68年にかけてベトナム戦争の現地作戦を指揮したウェストモーランド将軍はかねてから、米国はベトナムで敗戦したわけではないと主張。「それよりもむしろ、我が国が南ベトナムに対する義務を十分に果たさなかったという方が正確だ。ベトナム(で戦ったこと)によって米国は10年にわたり防衛戦を守り、(ドミノ理論の)ドミノが次々と倒れるのを防いだ」と発言していた。
北爆から本格参戦した時期の最高司令官だったウェストモーランド氏が亡くなったそうです。多分ベトナムじゃ全然報道されてないと思うんですけど、明日の朝刊にでも載るでしょうか。それともスルーかな。「米国はベトナムで敗戦したわけではない」という主張は立場的なこともあるかもしれないですけど、ほんとはそう思ってるアメリカ人も多いでしょう。アメリカが戦争で勝てなかったのは独立以来初めてのことで、しかもベトナムなんちゅう小国相手にてこずったことにプライドを疵つけられて、「勝てなかった≒負けた」という受け止め方をしてます。勝手に戦争始めたのもアメリカだし、南ベトナムを捨てる決断をしたのもアメリカです。撤退後アメリカの意向で世界から完全に村八分にされたことからも明らかです。
結局のところ、海外の反戦運動はどうでもいいとしても国内世論が抑えられなくなったので方針転換しただけなのはみんな分かってます。でも、ベトナムの教育ではアメリカに勝ったことになってます。それは歴史の捉え方の問題なので譲るとしても、圧倒的に打ち負かしたことになってるのはどうなんでしょうか。ひとつの例を挙げると、60年代後半にアメリカ大使館を急襲したことがありました。周到に計画したにもかかわらず完全に打ちのめされてほぼ全滅だったそうです。その時戦死したベトコンと北軍兵士のための鎮魂の石碑がアメリカ大使館(現アメリカ領事館)の前に立てられています。その時の心労がホーチミンの寿命を縮めたとも言われてますが、公の場ではあまり語られない話です。
今の大学生に本気でアメリカに連戦連勝したと信じてるベトナム人がいるのを見ると教育の力を思い知らされます。
ベトナム戦争の遂行者のひとりとして国の内外で非難され続けたことについては、歴史が自分をどう評価するのか見当もつかないとして、「私ほど長い間、現場の指揮にあたった者はそうはいない。(政府は)私をあそこにやって、私のことを忘れ去った。しかし私は毎日、1週間のうち7日間毎日、14-16時間働いていた」「謝罪するつもりも後悔するつもりもない。私は最善の努力をした。私の人形が絞首刑にさらされたこともあった。つばをかけられたこともあった。しかしこういうことは気にしないようにしないとならない」と話していた。
ベトナム戦争は米国世論を分断し、国民生活に多くの傷跡を残した。その傷が癒され始めたといえる1982年11月、ワシントンのベトナム戦争慰霊碑に向けてベトナム帰還兵数千人の先頭に立って行進。「人生で最も感動的で誇り高い経験のひとつだ」と語っていた。72年に退役。晩年は米国各地の帰還兵の集会に出席していた。
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国家主席訪中 [ ニュース'2005 ]
【CRI】中国全国人民代表大会常務委員会の呉邦国委員長は19日、北京を公式訪問中のベトナムのチャン・ドゥック・ルオン国家主席と会見し、「全人代は、ベトナム国会との交流と協力を強化し、両国の善隣友好と全面協力関係の促進に寄与していきたい」と表明しました。
呉邦国委員長はまた「両国は共に改革開放の重要な時期にあり、市場経済に適合した法律システムの確立と整備に直面している」と述べました。これに対し、チャン・ドゥック・ルオン国家主席もベトナム国会と中国全人代との協力強化に期待を示しました。
また、温家宝首相もベトナムのチャン・ドゥック・ルオン国家主席と会い、「両国は様々な形の互恵協力を行い、段取りを追って、効果ある長期的な協力を進めていくべきだ」と表明しました。
つい最近首相であるファンバンカイが戦後初の訪米をして大きなニュースとなりました。ファンバンカイは訪中もしたことがあるでしょうから、それを対比したいわけではありません。大統領だったクリントンが先に訪越したからには外交儀礼として同レベル人間が出向くのが当たり前、ということはベトナムでは首相が最重要ということを公式に認めたということか。国家主席は名誉職のような気もしますけど、共産党の序列は総書記に次ぐ位置で首相よりは上のはずです。でも、中の人たちはもっと複雑な関係みたいです。
ところで、ファンバンカイはホーチミンの息子だという噂をよく耳にします。ホーチミンは公式には結婚せずに生涯革命に身を捧げたことになってます。中国に愛人がいたとかいろいろな話を聞きます。ほんとのところはどうなんでしょうか。チャンドゥックルオン訪中と関係ないですけど。
【人民網日本語版】胡錦濤国家主席は18日午後、ベトナムのチャン・ドゥック・ルオン国家主席と人民大会堂で会談した。胡主席は両国の善隣友好と全面的な協力関係をさらに強化・発展させ、実務的な協力を深め、共同発展を促進するために次の提案を行った。(1)ハイレベル交流を緊密化し、伝統的友情を深める。(2)積極的かつ実務的な精神に基づき、貿易規模をたゆまず拡大し、経済・貿易協力をさらに新しい段階へと引き上げる。(3)国境・領土問題を適切に処理し、陸上の国境画定・国境碑設置を加速し、国境画定作業の早期完了に努める。意思疎通と協力を強化し、北部湾(トンキン湾)の漁業操業秩序と国境地区の安定を共同で維持する。中国・ベトナム・フィリピンの3カ国による南中国海協力合意とその共通認識を積極的に実行に移し、共同開発が早期に成果を上げるよう努力する。(4)人文分野の交流と協力を強化し、青少年・民間の交流を拡大し、両国の世々代々の友好のためにさらに堅固な基盤を打ち立てる。
ルオン主席は胡主席の提案に賛同するとともに、「中国側との協力を強化し、陸上国境の画定作業の早期完成に努め、北部湾の漁業操業秩序を維持し、南中国海の共同開発を積極的に推進していく」と強調した。
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