製作者紹介 |
Nguyen Ngoc Du (阮玉遊)
mixi / GREE
K大学経済学部卒。W大学大学院修了。右投げ右打ち。ベトナム語少々。砂糖は一つで。紅茶より珈琲派。上の名前はベトナム名。生粋の日本人です。HNはmyura。
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at Ko Samui |
略歴 |
| 1853年 |
ペリー浦賀に元気に来航。本当に元気だったのかどうかは定かではない。 |
| 197X年 |
神奈川県横浜市に生まれる。誕生後の記念すべき第一声は、「ちょっと、そこの新聞とって。そう、それ、日経ね。」だったかどうかは今となっては調べようのないことである。 |
| 1975年 |
サイゴン陥落。南ベトナム人逃げる。 |
| 1991年 |
改札口を通過中ゲロするが、なにくわぬ顔で停まっていた電車に乗車。前夜のチューハイまたは毒物との因果関係は現在も調査中。 |
| 1992年 |
パチンコ初体験でフィーバーし打ち止めにする。その翌年、同店内で担任に遭遇。 |
| 1994年 |
初めて海外に渡る。夜だったので思わず駅前でタクシーを拾う。貴重なタクシー経験となる。「東南アジア臭い。」帰国後自宅玄関を入ると家族に言われる。 |
| 1996年 |
サイゴンを散策中、後をつけてきた青年の「貴方はホモですか?」との流暢な日本語による唐突な質問に狼狽し、「いいえ、ちがいます。」と、思わず丁寧な回答をしてしまう。 |
| 1999年 |
天から大王が降りて来ず。某電機メーカーに“海外派遣要員”として入社。秋には接待で生まれて初めて“松茸の土瓶蒸し”を味わうも日本滞在に耐え切れず海外逃亡。 |
| 2001年 |
なんとなくまた勉強したくなったので大学院に入ってみるが、博士課程に進むほど気力が持たず修士でリタイヤ。休みに研究室の友人が調査目的で海外へ出掛ける中、わたしは純粋な旅行目的でベトナムへと旅立つ。 |
| 2003年 |
念願叶ってサイゴン勤務開始。しかし毎日暑い。体も程よい具合にヌックマム臭くなってきた。 |
| 2006年 |
事情により夏からインドネシアはマナドに赴任中。いずれベトナムに舞い戻ることを夢見る。 |
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現在に至る。 |
近況 |
東南アジア、中でもインドシナ地域に魅せられ永住計画中。 人生の半分程度は同地域で生活するよう目標を定め現在実行中。 |
主な著作 |
「運動会」(198X)
「名犬ラッシーを読んで」(198X)
「3年間の思い出」(198X)『卒業文集、鎌倉市内某中学校編』 |
雑誌掲載記事 |
| *****2007年2月号 |